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拍手コメントのお返事と雑記
こんにちは。雨ですね。梅雨ですね。今年はちょっと涼しい気がしますがどうなんでしょうか。八月は過ごしやすいといいなー。

いつも来訪くださりありがとうございます。
拍手やコメントをいただけると「この評価はハチさんあってのものですからーっ(某ギター侍風に)」と気を引き締めつつも、やはり嬉しいです(照

拍手コメントもありがとうございます。以下、お返事です。

>ゆりんかさん
少しでも解釈の一助になれたのなら幸いです^^
双生児説を力説してくれた友人にも伝えておきます。
ゆりんかさんのお考えもよろしかったら今度教えてください。

>詩音さん
ありがとうございます!
解釈日記を書く時はいつも「どうやって書けば分かり易くなるか」に苦心するので、そう言っていただけると嬉しいです。

>ぱんださん
分かります><
私はいつも「この花束を~」のところと、「忘れてね」からの「またいつの日か~」で胸が詰まります。・°°・(>_<)・°°・


解釈を書く時は、人の物を土足で踏み荒らしているような心持ちが、ちょっとだけします。
じゃあ、なんで書くの?
ってところですが、やっぱり自己を表現するという誘惑に抗えずに、つい目を瞑ってしまうんですね。
私もたまにネットなどで詩を書いたりしますが、解釈をされたりすると嬉しいです。
(もしかすると、詩に関しては、感想を頂くよりも嬉しいかもしれない(笑))
上手く伝わればうれしいですし、まったく予想していなかった反応や解釈が返ってきたときには面白く思います。
その面白さは、例えばハチさんなんかの大百科で、皆さんの解釈を読んでいる時にも感じるもので
つまり、「同じ物を見ているのに、捉え方は全然違うんだなぁ」というところの面白さであります。
この「捉え方の違い」が個性であり、その人を表しているのだと思うと、解釈も、また一つの表現であり、しかしそれは小説や詩と違って、本人が自己現出を意図していないところでの自己表現なのではないかと思うと、面白く感じるのです。
「作品」はソレとして書かれた数だけありますが、「詩」は読み手の数だけあるんじゃないかと、そういう意味では思うわけです。


と、つらつらと書きましたが、
常々そんなことを考えて解釈日記を上げているのかと言うと
大概は何も考えてないんですがね(苦笑

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【2012/07/13 17:18 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0)
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