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金星解釈補足
平沢進師匠の金星の出だし「朝が来る前に」を、「消えた星」に掛けるか、「キミへの歌に変え」に掛けるかで迷っている。それだけで解釈がかなり変わってしまうので詩って本当に凄い。


オーロラとか見ると師匠にとって眠りや夜は真実を、朝や目覚めは欺瞞の比喩のように感じます。
現代社会は欺瞞と、それを欺瞞と知らず受け入れてしまう人とで満ちている。
大多数の人が行き交う「社会」が昼の光の中にあるとするなら、真実の中に生きる人は夜の眠りの最中にこそ在るのだと、そんな感じに聞こえます。

余談ですが、オーロラの1番の「眠り」は、死出の旅路と俗世からの解放の両方を意味するんじゃないかというのが私の解釈です。
2番に出てくる「明日の日」「目覚め」「夜」は上記の通り。3番の「夜」は1番と同じ。ではないかと。ああ、この曲で葬式あげられたい。


閑話休題
「朝が来る前に消えた星」にすると『朝に憧れた星』と転換する事が出来る。転換するには色々手順がいるんだけど説明が面倒なので出来るんだと思ってください。
「朝が来る前にキミへの歌に変え地の果ての民に預けた」にすると、『二人で探したあの星の行方を、俗世に塗れてしまう前に、キミに宛ててマボロシの人に預けた』と転換出来る。出来るったら出来る。

どちらの解釈にしても共通して言えるこの星の立ち位置は、「ボク」が『切望しているもの』。「ボク」は「キミ」を『とても近い存在』(似ている存在という意味で)としているのだけど、その理由の一つに『同じものを探し求めている』というのがあるはずなので、少なくとも「ボク」にとってはこの星は「キミ」が切望しているものでもある。

「ボク」は「星」を「キミ」といることで見つける事が出来たけれど、「キミ」はまだ星を探し続けている。



この状況を背景にして"朝が来る前に〜"と始まるんだけど、「朝が来る前に」をどちらに掛けるかで、"いつか陽を仰いで、消えた星が見えた日は"のところが、『消えた星が陽の中にある』事を重視しているのか、『「ボク」が陽の下でも星を見つけらるようになった』事を重視しているのか変わってしまう。

この曲が最も強く伝えたいところがこの連から繋がる"ボクはキミだからと"だと思うので、はじめの「朝が来る前に」をどっちに掛けるかがとても重要になってくるんですね。私の解釈では。私の解釈上では。(2回言った)

つまりですね
社会の中にあって孤独を感じていた男が金星に希望と自分を重ねて、あの星に寄り添おうと、寄り添ってもらおうと、追いかけていた時、自分と同じ気持ちを抱えた女の人に出会って幾つかの季節を一緒に過ごした。その時から男は孤独を感じる事がなくなった。その後二人は離れてしまったけれど今は金星は遠い空の向こうではなくもう少し身近に感じる。何故なら彼女の存在がある限り、自分はこの世に一人きりではないと知ったから。

というのを下地に、

朝に焦がれながら、でも朝が来る前には消えてしまう星が、いつか消える事なく陽の中にあるのを見つけられた時、人に焦がれながら社会に馴染めずにいるボクたちも、少なくともお互いの存在がある限り決して独りではないのだと、キミに伝えよう。

という歌なのか、

今は静寂の中でしか感じられないあの星を、いつかこの欺瞞に満ちた社会の中にいても感じる事が出来たなら、それはキミがいたからだとキミに伝えよう。

という歌なのか、変わってしまうという事なのです。私的に。
うん、何言ってるかさっぱりですね。次の日記ではこれまでと同じ手法での金星全文解釈を書こうと思います。2通りの意訳で。

あでゅ。

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【2016/01/10 15:32 】 | 解釈 | 有り難いご意見(0)
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